おともだち ぶちさんの日記 ~うしろすがた~

~うしろすがた~

 

 

今回は仕事のため見送れませんでしたが、

 

ゆきさんとみっちゃんがゆきさんの実家に遊びに行く時は、

僕らの家があるマンションの3階通路から、

二人が見えなくなるまで見送りをこそっとしています^^;

 

なんせ親バカですから、

場合によっては下まで降りて行っては、

 

「奴さん、前より歩き方が大人になったな〜。」なんて

思いながら、

 

ゆきさんの横をこちょこちょっと歩いている

みっちゃんの後ろ姿を見えなくなるまで

見送ることもあります。

 

たった数日いないだけなのですがね。

 

 

さて、一昨日お袋から電話が来ました。

「お父ちゃんが裕一を呼べ〜呼べ〜って、

 うるさいから電話したけど元旦はいるの?」とのこと。

 

で、今日は久しぶりに父母に新年のあいさつをしに行きました。

 

団地の5階にある父母の家で、久々の手料理とお酒で

新年を祝いました。

 

と言っても、テレビを観ながら、

昔話をあ〜じゃない、こ〜じゃないと

気ままに話していただけですが。

 

 

5年生の時、僕は交通事故で2カ月ほど入院したことがあります。

 

*その時、一旦、身体から抜けたのですが^^

 

 

病院に運ばれた時、お医者さんから

「3日もつかどうかわかりません。」と言われたそうです。

 

かなりショックだったそうですが、

「体力もあるし、お前なら絶対大丈夫だと思った。」と

父は思ったそうです。

 

 

2時間位して、酔いもまわってきたので、

「じゃあ、そろそろ。」と帰ることにしました。

 

玄関でサヨナラをして5階から降り、

何気に5階の階段のところを見上げると

父が手を振ってました。

 

何度か振り返り、道を曲がり見えなくなるところまで

僕も手を振りました。

 

 

曲がって少しすると5階にある父母の家が見えます。

 

「確かあの辺かな?」と見上げると、

今度はお袋が手を振ってました。

 

やはり僕が見えなくなるまで。

 

 

「血筋なのかな。」なんて思いながら

じわっと来ました。

 

 

 

 

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(ゆめこから ぶちさんへ)

 

わたしも じわっときました。

 

そのように育って そのようになられたのですね。

 

たいせつなことは 見えないところに たくさん隠れていますね。 

 

感謝

 

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まだお元気にお揃いでいらっしゃることが

いちばんありがたいことですね。

 

愛の表現はいろいろありますけれど、

子どもが自分の子どもを育て始めた頃、

ようやく親の本当の気持ちを素直に表現できるのかもしれません。

 

ぶちさんは 子育て中から正直に子どもに向き合っているところが、

とてもステキでいつも尊敬しています。

 

子育て中は、親も成長の途中ですものね。

未熟な私に育てられることで、子どもにも学びがあったのだと、

あるときから私も自分を責めないようになってきました。

 

そして 子育て、自分育ては、一生つづきますものね。

 

まだまだ私も道半ば・・いえ 歩き出したばかりです。