(娘のFB記事から)
結婚を機に泣く泣く越した部屋が空いています。
富士市松岡。柚木駅から徒歩7.8分です。
20畳のLDKとたっぷり収納と広々お風呂が自慢でした。
富士方面でお部屋を探している独身の方や新婚さんに、特にオススメです!
二階、63㎡、63000円。
http://www.apamanshop.com/detail/20141107187207/
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LDK20帖!ウォークインクローゼット3帖!ロフト付き~!
二重サッシ!24時間換気!日当たりのいい 明るい家です!!
静岡方面への車通勤にも便利です!
実は 私もこの家の1階に住んでいました
はじめから二世帯用に 玄関もお風呂も台所も
光熱費のメーターも別々に作りました
1階は私が設計して
今でも自慢するほど住みやすい開放的な家です
ところが 出来上がってみたら
2階は さらに開放的な家でした (◎o◎)!
この家が出来るのには
こんないきさつがあったのです
10年くらい前に上京した時の 作曲家の片岡慎介さんとの会話
「ゆめこさんの願望実現のCDを作りましょう!願望は何ですか?」
「私 これ以上の願望はないのです」
「そういわないで なにか考えてみてください」
「それでは・・葉祥明さんが「そろそろ本を・・」と言ってくださったので
本を出すというのを願望に・・」
ところが その日乗せていただいた車の中で
ご一緒した女性の方たちに 次々とラッキーな電話が・・・。
「私たち 来年の4月頃には すごいことになりそう!
そんなにお金が入っちゃってどうする?」
「ゆめこさんの本を出しましょうよ♪」
という流れになったので
片岡先生に「もう実現しそうなので CDはけっこうです」とお伝えしたら
「せっかくですから もうひとつ願望をつくりましょうよ!」とおっしゃるので
「ん~(そのころ1人暮らしをしていた娘と)一緒に暮らす家があれば・・・」と
お伝えして家に帰ったところ
その夜 めったに電話をかけてこない娘から電話がかかってきて
「お母さん 家を建てようと思うので一緒に住まない?」と! ( ゚Д゚)
ふつう 女手ひとつで・・の「女」は 母親をさすのでしょうが
うちの場合は 娘をさすのです・・・(*_*;
半年後にこの家が建ちました。
この土地は 4区画の中で2羽のモンシロチョウが飛び回って
「ここよ~♪」とおしえてくれて選んだところ
この家は 建設会社に勤めていた息子が手がけ
小さいころから大工さんになりたくて
中学の卒業式を待ちきれずにその道に入った棟梁が建ててくれた家
棟梁は 20歳でもう仕事を任されて その後何十年間
毎晩次の日にあそこをどうしてやろうか♪と思うとワクワクして眠れない♪
ましてや仕事に行きたくないなんて1度も思ったことがない
夜がなければずうっと仕事していたいという
大工になるために生まれたような人
その人が 毎日楽しそうに大声で歌いながら建ててくれた家
建築中に台風が何度も来たけれど
木っぱひとつ飛ぶことなく
毎日仕事を終えるときの後片づけを見れば
どんなにこの仕事に誇りをもって
どれだけ材料をたいせつに思っているかが
一目瞭然でした
この棟梁に恵まれたことは
私たちの誇りでもありました
家の受け渡しの日には
今度は2羽のアゲハチョウが
家の周りを飛び回って祝福してくれた家です
その家の台所で作った初めての食事にご招待した時
奥様からという大きなカトレアの鉢植えをさしだして
「何か月も楽しませていただいて 女房も喜んでいます。
本当にありがとうございました。」
と言われたのには泣けました (T_T)
娘が奮発してつけた緑の大きな玄関ドアは
私もとても気に入っていました
家の周りの花壇づくりのために石を掘り起し
玄関までの道に 白い小石を敷き詰めたのも私です
「花は 白と黄色と紫だけにして」という娘のリクエストにこたえて
玄関前に咲いてくれた花の渦巻くようなエネルギーは
今でも写真の中に残っています
天井が高く エネルギーのいい家です
お風呂から 富士山が見えるというおまけつき!
おすすめ物件です!!
ちなみに1階の私の家は いま
警察官の一家がもう9年くらい
一度も入れ替わりなく
ずっと住み続けてくれているようです
(この建築を扱った長男から追加フォローがありました。)
耐震等級3(最高等級)で
浴室1.25坪洗面も通常サイズ750ミリが 1200ミリを使ってたよね。
キッチンはヤマハで長さ2600ミリ。
メートルモジュールで全ての空間が広いし
天井高さは2400が普通だけど、2600あったと思うよ。
フローリングはワックスフリーだし階段もゆったりだったよね!